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わからないことに耐える

 志村ケンさんが亡くなってから、新コロナウイルスに対する報道は一段と熱を帯びているようです。「三密」のような一人ひとりができる感染予防対策の知識がしだいに蓄積されてきていますが、もっと巨視的な、国全体の予防策となるといろいろな意見が噴出していて、何が正しくて、何がまちがっているのかわからなくなってきました。
 おそらく、どのような意見もかんぺきな「正解」ではないのだと思います。徹底的にできうる措置・対策を行ってできるだけ早期にウイルスを封じ込めようとするのか、医療資源や社会・経済に与える影響に配慮して現実的な着地点を見出しながら次第にパンデミックを収束にもっていくのか。どちらの立場をとっても不完全な部分・配慮の足りない部分が残り、批判の対象になるはずです。

 感染症対策の歴史は失敗と成功の歴史です。中世には伝染病は「悪い空気(瘴気)」が原因でおきると考えられていました。細菌やウイルスのことなどまったく知らなかった時代にある意味当たらずとも遠からずだったのですが、対策として煙でいぶしたり香を炊いたりはしたものの、動物・水・体液を介した感染についてはまったく気がついていませんでした。
 19世紀にはいってもこれは基本的に変わらず、オーストリアの医師ゼンメルワイスが、医師が手を洗うことで病棟の産褥熱が一気に激減することを発表した時も世間の反応は冷たいままでした。

 19世紀後半にパスツールやコッホの活躍により 伝染病の原因が微小な細菌であることが明らかになったのですが、ウイルスはまだ見つかっておらず、 野口英世博士が黄熱病の原因を細菌と発表したものの、後にまちがいであることがわかりました。

 一方伝染病がなぜ広がるのかについては依然として 瘴気 が原因と考えられていましたが、19世紀の初めにロンドン在住のジョン・スノウ医師が、当時流行していたコレラが水を媒介して伝染することを発見しました。これがきっかけとなってイギリスで公衆衛生法が発布され、上下水道が整備されていくことになりました。

 それよりさかのぼる18世紀、イギリスの医師エドワード・ジェンナーは致命率が高い病気として恐れられた天然痘に対する種痘療法を発見しました。ウイルスが発見されるなんと200年前に、牛痘にかかった人は天然痘にならないことを根拠にして開発したのだからすごい話です。その後種痘は世界中に広まっていき、最終的にWHOが天然痘の撲滅宣言を出すに至りました。
 種痘に始まるワクチン接種療法は各種の伝染病に応用されてきましたが、あらゆる伝染病に使えているわけではありません。たとえばAIDSウイルスのワクチン作成は懸命に研究されているものの、今のところ実用化されていません。世界中で新コロナウイルスに対するワクチン開発競争が行われていますが、ウイルスの発症メカニズムが詳しくわかるようになった今、今後の研究結果が待ち遠しいです。

 伝染病予防の歴史を見てみると、まったく新しい感染症が急激に広がるとき、先手先手を打ってみごと抑え込んだ例はごく少数です。近代になってからも、伝染病の広がりを実際に抑えたのは薬物療法でなく、伝染経路を抑え込む公衆衛生対策であって、新コロナウイルス対策もまた同様です。ウイルスの伝染を抑え込むには何が最も効果的なのかわからないことだらけですが、スパコンによる遺伝子解析や薬物療法の効果予測などまったく新しい研究方法が行われています。しかし有望な結果が出るまでまだまだ時間がかかるはずです。現在、私たち誰もが未知の領域を歩いています。わかることを少しづつ増やしていくこと。わからないからといって性急な結果を求めようとせず、粘り強く自分が行うべきことを行っていく。わからないことに耐える力を持つことが、必要なのだと思います。

 

 
  

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